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2013年7月5日金曜日

ドイツ見ぃ〜つけた!(12)



ここは神奈川大学の横浜キャンパス(神奈川県横浜市神奈川区六角橋3−27−1)♪
この前フランスのマセ大使とシュタンツェル大使の「エリゼ条約50周年記念講演会」を聞きにいった時に見つけたニャ=^_^=

日独交流150周年の時に、全国の日独協会さんに協力してもらってドイツで広く親しまれている菩提樹(リンデンバウム)の記念植樹が日本各地で行われたんだ。(大使館のホームページを見てニャ=^_^= → http://www.japan.diplo.de/Vertretung/japan/ja/04-deutschland-und-japan/042-dj150/20111023-veranstaltungen-lindenbaum.html
この菩提樹はその内のひとつで、2011年11月2日に神奈川大学の学長さんと横浜日独協会の会長さんが植樹したんだ。

せっかくニャのでヤングジャーマニーのピンボード(http://young-germany.jp/pin_2245)に登録♪

葉っぱが青々として元気そう♪
すくすくと育ってほし〜ですニャ=^_^=

2013年6月11日火曜日

ベルビュー宮殿の桜

(photo:Bundespräsidialamt)

ここはベルビュー宮殿のお庭。
そしてこの写真の中ほどに見えるちょっと背が低く葉が青々と茂った木が、2011年6月に「日独交流150周年」で皇太子殿下がドイツに行かれた時に当時のヴルフ大統領と一緒に植えられた桜の木。

(photo:Bundespräsidialamt)

2012年4月にガウク大統領から皇太子殿下に宛てた書簡には、ベルビュー宮殿の桜が満開に咲き誇ってるって書いてある♪(大使館のホームページへ → http://www.japan.diplo.de/Vertretung/japan/ja/04-deutschland-und-japan/042
-dj150/20120511-veranstaltungen-konzert-gauck.html


日本では2011年10月にヴルフ大統領が来日して、皇太子殿下と一緒に有栖川公園にボダイジュの苗を植えられましたニャ=^_^=



立派な囲いで大切に守られて、



すくすく育ってます♪(見えるかニャ?)



ベルビュー宮殿はドイツ大統領のレジデンス(官邸)。
プロイセン時代の建築家ブモーン(Michael Philipp Boumann、1747〜1803)が、画家で建築家のフォン・クノーベルスドルフの荘園のあった場所に、フェルディナント・フォン・プロイセン(プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の息子でプロイセン王フリードリヒ2世の弟)のサマーレジデンスとして1786年に建築。ドイツで最初のネオクラシックスタイル(新古典主義建築)の建物ニャんだ=^_^=


より大きな地図で ベルビュー宮殿 を表示

1928年からは当時プロイセン王国が解体されてできたプロイセン州の持ち物となって民族博物館として使用、1938年からはナチのゲストハウス。第2次世界大戦では大きなダメージを受けて1950年代に修復されて1959年にホイス大統領が当時の西ドイツの第2レジデンスとして利用を再開。ちなみに第1レジデンスは西ドイツの首都ボンのハンマーシュミット邸(Villa Hammerschmidt)。その見た目から「ボンのホワイトハウス」って呼ばれてるんだって♪
そしてドイツ統一後の1994年にヴァイツゼッカー大統領がベルビュー宮殿を第1レジデンスとしたんだ。

歴代ドイツ大統領の中ではヘルツォーク大統領だけがベルビュー宮殿に住んだみたい。その後ベルビュー宮殿は2004年と2005年に改築して2006年1月に第1レジデンスとして再開。でも改築計画に居住空間は含まれていなかったので、大統領はベルリン南西のダーレム(Dahlem)の政府保有のお屋敷に住んでるんだって♪
ドイツ大統領府のホームページにベルビュー宮殿の中の図が載ってる→ http://www.bundespraesident.de/DE/Die-Amtssitze/Schloss-Bellevue/Raeume-Park/raeume-und-park-node.html

(photo:Bundespräsidialamt)

ベルビュー宮殿の桜、花が咲いてるとこも見てみたいニャ=^_^=

2012年11月21日水曜日

日独友好のボダイジュ



お天気が良かったので有栖川公園をお散歩してたら、「日独友好のボダイジュ」の周りに大勢の人が・・・
今日は群馬県からぐんま日独協会のみなさんがいらしたみたい♪
ワインベルクさんとバウムゲルトナーさんから大使館の説明を受けて、大使公邸のお庭を見学した後、有栖川公園の「日独友好のボダイジュ」を見にいらしたところに遭遇♪
このボダイジュは昨年10月のドイツフェスティバルの時に皇太子殿下とヴルフ大統領が植えられたんだニャ=^_^=
日独交流150周年を機に「日独友好のしるし」として日独協会の協力で、日本各地にドイツから送られたボダイジュの苗が植えられたんだ。
群馬でも植えられたけど、有栖川公園のボダイジュの方が育ちがい〜みたい♪ニャ=^_^=

2012年5月11日金曜日

「日独交流150周年」フィナーレ♪



今日は「日独交流150周年」のツイッター(http://twitter.com/dj150since1861)からお知らせが。
この5月をもって、公式サイト(http://dj150.jp/)が終了して、それに伴ってツイッターもおしまいにニャるんだって・・・
「日独交流150周年」の情報をわかりやすく配信してくれて、とてもよかったニャ=^_^=

そして今夜、大使公邸で「日独交流150周年」をしめくくるハウスコンサートが開かれたニャ=^_^=

皇太子殿下をお招きしてのピアノのコンサートで、演奏はドイツの女流ピアニストのロスヴィタ・ローマーさん。



曲目はボクが大好きなシューベルトの「さすらい人幻想曲」に始まり、シューマン、リストとドイツプログラム♪(アンコールはショパンでしたが・・・)



演奏に先立ち、シュタンツェル大使がごあいさつで「日独交流150周年」では1008もの関連イベントが行われたことを紹介。
思えば「日独交流150周年」の説明会があったのが平成22年の6月だから、あれからもうすぐ2年が経つんだニャあ・・・
演奏後はそれぞれ「日独交流150周年」に関わったお客さまが会話に花を咲かせてたニャ=^_^=

「日独交流150周年」でより絆が深まった日独関係を、これからもっと発展していきたいですニャ!=^_^=

2012年5月9日水曜日

くまだらけ・・・



四国は徳島県から県立川島高校のみなさんがやってきたニャ=^_^=
徳島県といえば、昨年のヴルフ大統領来日の際に大統領の希望で訪れた鳴門市のドイツ館のあるところ。
そしてヴルフ大統領も出席して行われた「ドイツフェスティバル」で、来場者のみなさんにペイントしてもらった「日独交流150周年」の記念のくまさん(胸にヴルフ大統領のサイン付き!)がおととい大使館にやってきて初めての学生さん!
もっちろん記念撮影ですニャ=^_^=



「ドイツにはたくさんのクマのキャラクターがありますが、なぜクマが人気があるのですか?」の質問にはハニッシュさんがいろいろな紋章を用意して説明。



人気者ですニャ=^_^=



時間に余裕があったので、大使公邸のお庭を見学。
するとそこには「先代」くまさんが!



修理を終えてから姿を見ないと思ってたら、大使公邸のテラスにいたんだ!
「大使公邸の警備でもしてるの?」って尋ねたら、今度5月18日に行われるドイツ人支援基金(BDF)主催のガーデンパーティーでオークションにかけられるんだって。(詳しくはドイツ大使館のホームページを見てニャ=^_^=)

これまでたくさんの大使館訪問の学生さんと写真を撮ってきた「先代」と記念撮影♪ニャ=^_^=

2012年4月22日日曜日

マウスくんが日本に!?



みんなはもう、マウスくんのこと知ってるよね?
ドイツ人なら誰でも知ってるチョー人気キャラクター!

そんなマウスくんが日本に!?
ユーチューブで見つけちゃったニャ=^_^=
日独交流150周年にもふれてるよ!
ドイツ語の勉強にもいーかも♪
見てみてニャ=^_^=

2012年4月20日金曜日

通訳



きのう(19日)とおととい(18日)、「日独交流150周年」をしめくくる「パワーシフトが進む世界とパワーとしての構想力 G20時代のドイツと日本」と題したシンポジウムが開かれたニャ=^_^=

会場は政策研究大学院大学。



前から国立新美術館のお隣さんが気にニャってたんだけど、まさか国立大学だったとは・・・
この大学はいわゆる学部大学じゃニャくて修士や博士を取得する大学院の大学ニャんだって。
外国、特にアジアで有名で、世界50カ国の生徒さんが勉強してるんだって。(ドイツ人の学生さんもいるみたいニャ=^_^=)



18日は非公開の分科会、そして19日は想海樓(そうかいろう)ホールでシンポジウムが行われたんだけど、両日とも通訳さんが大活躍!

このシンポジウムの出席者は日本人とドイツ人。
と、いうことは通訳が必要だよね。
でも話すたびに通訳をしていたら時間は倍以上かかってしまうから、今回は同時通訳をしたんだ。







出席者は専用のレシーバーを付けて、同時通訳を聞きながらシンポジウムに参加。





そしてシンポジウムの議事録をとるのも通訳さんたち。
日本語とドイツ語を聞き分けてすごいですニャ!=^_^=





それにしても通訳ってすごい仕事ですニャ=^_^=
だって、予想がつかない話し手の言葉を瞬時に訳して伝えるんだから・・・
一般的な知識はもちろん、社会情勢やニュースにいつもアンテナを張って情報をキープしてるんだね!





そして今日の様な長時間のシンポジウムでは体力も集中力も必要!



シンポジウムの最後に、パネリストの人から通訳さんたちへの賛辞が贈られてたニャ=^_^=

2012年3月12日月曜日

ファッハヴェルクハウス



去年「日独交流150周年」を記念して発売された切手シートの中のこの世界遺産のバンベルク旧市街の切手。
ニャんか橋の右側の建物が切手から飛び出して見えニャい?
それにホントにこんな風に建ってるのかニャあ・・・?

と、ボクにはとっても不思議に見えるこの切手。
ウィキペディアで調べてみたら、これとまったく同じ写真が載ってて納得!
バンベルクの旧市庁舎ニャんだ!

それにしてもドイツの街並を見てると、よくこの木の骨組みの建物を見るよね。
これはファッハヴェルクハウス(Fachwerkhaus)っていうんだ。
中世からあって、ドイツだけじゃニャくて森林の多いフランスやオランダ、イングランドでも作られたんだって。
そして中には1階より2階、3階・・・とだんだん大きくなってる建物もあるんだ。
気がついたことある?
これは当時(中世)の税金が建物全体じゃニャくて1階の床面積に対して計算されてたからニャんだって。

木の骨組みが美しい建物にもそんな工夫があったんだニャ=^_^=

2012年1月15日日曜日

鳥取市とハーナウ市



大使館にはいつもドイツの優秀な学生さんが研修に来てるんだ。
シュルツさんもその一人として2006年に大使館の広報部で研修生として働いて、大使館を訪問する日本の生徒のみなさんに大使館を案内したり、「日本におけるドイツ年2005/2006」に参加したんだ。今はJETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)で鳥取市の国際交流員として働いていて、この前研修会に出席するために上京した時に大使館に顔を出してたニャ=^_^=

実は鳥取市はドイツに姉妹都市があるんだ。それはヘッセン州のハーナウ市。そして鳥取市は「日独交流150周年」を記念してステキなパンフレットを作ったみたい。鳥取市の紹介はドイツ語で、ハーナウ市の紹介は日本語でね!
鳥取市は砂丘で有名だよね。大使館も職員旅行で訪れたことがあるんだ。
じゃあ、みんなはハーナウ市って知ってるかニャ?
あの、グリム童話の作者のグリム兄弟の生まれたところなんだって!宝石や貴金属の加工で有名な街には宝石細工の博物館もあるみたい。
じゃあ、何で鳥取市とハーナウ市が姉妹都市になったんだろう?
それは、どうやら「おもちゃ」がその縁を取り持ったみたい・・・鳥取市のホームページにその経緯が載ってるから見てみてニャ!=^_^=
そして鳥取市のホームページによると、ハーナウ市では、東日本大震災の被災地の一日も早い復興を願って、以前から鳥取市と交流のあった市民団体などによるさまざまな支援活動が行われているんだって。うれしいニャ!=^_^=

シュルツさんはハーナウ市と鳥取市を結ぶために大活躍みたいだニャ!でも、もうすぐ契約が終わるから、今度はドイツに帰って通訳の勉強を深めるんだって。
これからも日独の架け橋として頑張ってニャ!=^_^=

2011年12月31日土曜日

150年前の12月31日は・・・


都市計画家ジェームス・ホープレヒト36歳の誕生日。首都ベルリンの都市計画を進めたんだ。1862年に「大ベルリン環状計画」(「ホープレヒト計画」)を立案して、当時人口が急増していたベルリンに広幅員道路網や鉄道を計画したんだって。現在のベルリンの骨格はホープレヒトの計画によるもので、「ベルリン都市計画の父」と呼ばれてるんだ。日本の官庁集中計画にも関わって、1887年に来日したんだニャ=^_^=

これで「日独交流150年」の記念に始めた「150年前は・・・」シリーズはおしまいニャ=^_^=



振り返ってみると、1861年の頃は世界中が変わろうとしていた時。ヨーロッパでは革命が起き、アメリカでは南北戦争まっただ中、日本では文明開化の音の準備が着々と進んでいたんだね。
この150年前は・・・」シリーズには、ドイツで世界のあらゆる分野の基礎を作った人や、ドイツから技術や知識を学んで近代日本の基礎を作った人がたっくさん登場。そしてみんながどっかでつながって、その功績も今現在にまでずーっとつながっているんだね!
それにしても、1年間ニャんとか続けられてよかったニャ=^_^;=

読者のみなさん、今年もご愛読ありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えくださいニャ!=^_^=




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2011年12月30日金曜日

150年前の12月30日は・・・


作家テオドール・フォンターネ42歳の誕生日。ドイツの詩的リアリズムを代表するもっとも重要な作家ニャんだって。そして薬剤師でもあるんだニャ=^_^=




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2011年12月29日木曜日

150年前の12月29日は・・・


数学者クルト・ヘンゼルの生まれた日。お兄さんのパウル・ヘンゼルは哲学者、おばあさんは作曲家ファニー・メンデルスゾーン、おじいさんは画家のヴィルヘルム・ヘンゼルニャんだ。1902年に「P進数」を考案して、それを様々な形で導入したんだニャ=^_^=




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2011年12月28日水曜日

「人が紡ぐ戦後の日独交流」写真展



さて、大使館の外壁を使った名物(?)の壁の展覧会、
今回は・・・
共同通信社とドイツ通信社(dpa)の合同フォトギャラリー。

大使公邸門の方から、
「国境を越えるスポーツ(...ebenso wie der Sport)」
「車が結ぶ日独交流(Autos verbinden...)」



「交流を開いた人々(Japan mitten in Deutschland)」
「要人の来日・訪独(Politische Begegnungen)」



そして「ドイツの中の日本(Japan mitten in Deutschland)」



全部で5つのジャンルに分かれて、貴重な写真が展示されてるんだ。
みんなもぜひ見に来てニャ!=^_^=

150年前の12月28日は・・・


指揮者、チェリスト、そして作曲家ユリウス・リーツの49歳の誕生日。16歳でプロイセン王立劇場管弦楽団の団員に就任。作曲家としても知られるようになると、メンデルスゾーンの紹介で1834年にデュッセルドルフ劇場の次席指揮者に、1835年にはメンデルスゾーンの後任としてベルリン市の首席指揮者に就任してるニャ=^_^=

そして雅楽演奏者の林 廣守(はやしひろもり)30歳の誕生日。「君が代」の作曲者だニャ=^_^=




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2011年12月27日火曜日

150年前の12月27日は・・・


ドイツのハリウッド女優で歌手と言ったら真っ先に名前が出てくるマレーネ・ディートリッヒが生まれる40年前の日(1901年生れ)。「リリー・マルレーン」は、最初に録音して有名にしたのは歌手で女優のララ・アンデルセンだけど、今ではマレーネ・ディートリッヒの持ち歌として有名だニャ=^_^=

そしてギド・ヴェスターヴェレ外務大臣が生まれる100年前の日(1961年生れ)。大震災の後、4月2日に日本に来てくれたニャ=^_^=




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2011年12月26日月曜日

150年前の12月26日は・・・


化学者クレメンス・ヴィンクラー23歳の誕生日。1886年にゲルマニウムを発見したんだニャ=^_^=

そして地球物理学者エミール・ヴィーヘルトが 生まれた日。地震学の先駆的な実験をおこなったんだって。地球の内部構造が一連の殻構造となっていることを最初に提案して、地震波の伝播に関する論文を発 表したんだ。地震計を改良して、人工的な地震を起こして、地質の探査をおこなったんだって。1922年にドイツ地震学会から改称してドイツ地球物理学会を 設立して初代の会長とニャったんだって=^_^=




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2011年12月25日日曜日

150年前の12月25日は・・・


ワーグナーの2番目の妻のコジマ・ワーグナー24歳の誕生日。お父さんはピアニストで作曲家のフランツ・リストで、まだこの時は指揮者ビューローの 奥さんだったんだ。ワーグナーと出会うのは翌年の1862年。ビューローと離婚して1870年にワーグナーと再婚してるんだ。ワーグナーの死後はバイロイ ト音楽祭を取り仕切って、作品の再演に尽力したんだ。そして地位を長男ジークフリートに譲った後も、音楽界に長く影響を残し続けたんだニャ=^_^=

そして軍人の乃木希典(のぎまれすけ)12歳の誕生日。「乃木大将」や「乃木将軍」で有名だニャ。六本木ヒルズに誕生の碑があるみたい。明治天皇の崩御の際に殉死して乃木神社に祀られてるんだ。ボクのお散歩コースの「乃木坂」はその乃木神社の周辺だニャ=^_^=




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