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2011年12月18日日曜日

150年前の12月18日は・・・


法学者で経済学者のヘルマン・ロエスエル27歳の誕生日。1878年に外務省の公法顧問として来日すると、伊藤博文の信任を得て、大日本帝国憲法作成や商法草案作成の中心メンバーとして活躍したんだニャ=^_^=




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2011年12月1日木曜日

150年前の12月1日は・・・


歴史学者ルートヴィヒ・リースがちょうど生まれた日。お雇い外国人として1887年から1902年の間、日本に滞在して慶應義塾大学部、東京帝国大学、陸軍大学で史料批判による歴史学を教えたんだニャ=^_^=




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2011年10月17日月曜日

150年前の10月17日は・・・


旗本で外交官(外国奉行)の村垣範正(むらがきのりまさ)48歳の誕生日。日普修好通商条約締結にあたり、交渉中だった堀利煕が亡くなったために、その交渉の任を引き継いで日本側全権として調印に臨んだんだ。条約には村垣淡路守のサインが残ってるニャ=^_^=

そして軍医テオドール・ホフマン24歳の誕生日。大学東校(現在の東大医学部)の医学教師として来日した御雇い外国人の一人で内科学を担当。レオポルト・ミュラーとともに大学東校の医学教育制度を改革して、それまでのイギリス式からドイツ式の大学形態にしたんだ。 日本に初めて穿胸術(せんきょうじゅつ)や肋骨切除術を伝えて、脚気(かっけ)の研究を行い、栄養学ももたらしたんだニャ=^_^=




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2011年10月1日土曜日

150年前の10月1日は・・・


法律家でお雇い外国人として日本に招かれたアルバート・モッセ15 歳の誕生日。ベルリン大学修了後、ベルリン裁判所判事となったのち在ドイツ日本大使館顧問に就任。1882年から1883年に日本から調査にきた代表に講 義したんだ。1886年に来日。モッセは、憲法制定や地方制度の創設への貢献がより実質的な影響を与えて、「明治憲法の父」といわれてるんだ。モッセは日 本を気に入って、回想記に「すばらしい日本を忘れることはない」と記しているニャ。そして1920年から1928年まで駐日ドイツ大使を務めたゾルフ大使はモッセのお弟子さんニャんだって=^_^=




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2011年9月11日日曜日

150年前の9月11日は・・・


プラハに生まれてウィーンで活躍した音楽評論家エドゥアルト・ハンスリック36歳の誕生日。リヒャルト・ワーグナーを痛烈に批判して、ヨハネス・ブラームスを支持したんだ。ハンスリックはブラームスの親しい友人として、ブラームスの音楽に影響を与えて、初演が行われる前に新曲を聴くことも多かったみたい。一方、批判されたワーグナーは、楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』でハンスリックを無粋なニュルンベルク市の書記ベックメッサーという役のモデルとして仕立てたんだって。仕返しだニャ=^_^;=

そして地質学者でお雇い外国人のハインリッヒ・エドムント・ナウマン7歳の誕生日。1875年から1885年に、明治政府に招聘されて日本に滞在。東京帝国大学(現:東京大学)地質学教室の初代教授に就任したんだ。日本における近代地質学の基礎を築いて、日本初の本格的な地質図を作成。また日本の主要な地溝帯の一つで、「中央地溝帯」とも呼ばれるフォッサマグナを発見したことや、ナウマンゾウに名を残すことで有名だニャ。また、貝塚を発見し、ハインリッヒ・シーボルトの貝塚研究を助けたんだって。関東大震災で東大図書館が焼け落ちたときには、自分の蔵書を寄贈したんだ。日独交流に貢献した重要な一人だニャ=^_^=

そして光学機器製造業者カール・フリードリヒ・ツァイス45歳の誕生日。現代のレンズ作製技術に大きく貢献。設立した「カール・ツァイス・イェーナ」(現:カール・ツァイス)はとっても有名だニャ=^_^=

そして今日は「der Kaiser(皇帝)」と呼ばれたドイツサッカーのスーパーヒーロー、フランツ・ベッケンバウアーさんの誕生日。現在はドイツサッカー連盟(DFB)副会長、バイエルン・ミュンヘンクラブ会長、及びバイエルン・ミュンヘン株式会社の監査役長。2006 FIFAワールドカップドイツ大会では組織委員長を務めたんだ。現役時代はリベロ(攻撃に参加するスイーパー)システムを確立させ名声を得たんだ。日本でワールドカップが行われた時も、開催を強くバックアップしてくれたんだニャ=^_^=




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2011年8月21日日曜日

150年前の8月21日は・・・


日本画家の橋本雅邦(はしもとがほう)26歳の誕生日。アメリカ合衆国の東洋美術史家でお雇い外国人のアーネスト・フェノロサと岡倉天心の指揮下で狩野芳崖と共に東京美術学校の発足に向けて準備を進めて、東京美術学校開校に際しては絵画科の主任とニャったんだ。下村観山や横山大観、菱田春草、川合玉堂、寺崎広業らを指導して、その指導が近代美術に及ぼした影響は大きいみたい。代表作の一つである《白雲紅樹》は重要文化財だニャ=^_^=

そして採鉱冶金学者でお雇い外国人のクルト・ネットー14歳の誕生日。1873年来日。1877年に東京大学理学部採鉱冶金学教師にニャったんだ。1885年に帰国後も著作(「日本鉱山編」、「日本のユーモア」)などで日本に関係したんだニャ=^_^=




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2011年8月16日火曜日

150年前の8月16日は・・・


ドイツ・ロマン派音楽の作曲家ハインリヒ・マルシュナー66歳の誕生日。ドレスデンとライプツィヒの楽長を務めて、1831年からハノーファー宮廷楽団の指揮者となるんだ。だけどその生涯と活躍は、リヒャルト・ワーグナーの陰に隠れてしまったんだニャ=^_^=

そして心理学者ヴィルヘルム・ヴント29歳の誕生日。高校時代までは勉強が嫌いだったけど、ハイデルベルク大学医学部に入学してからは猛勉強をしたんだって。実験心理学の父と称されてるニャ=^_^=

そしてお雇い外国人として40年間務めたアレクサンダー・フォン・シーボルト15歳の誕生日。フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの長男で1859年にお父さんと一緒に来日。明治政府にお雇い外国人として雇用される前は在日英国公使館の通訳も務めたんだニャ=^_^=




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2011年7月31日日曜日

150年前の7月31日は・・・


化学者フリードリヒ・ヴェーラー61歳の誕生日。1828年、シアン酸アンモニウムを加熱中に尿素が結晶化しているのを発見して、無機化合物から初めて有機化合物の尿素を合成(ヴェーラー合成)したことで有名。有機化学の父と呼ばれているニャ=^_^=

そしてアメリカ人教育者でクラーク博士として知られているウィリアム・スミス・クラーク35歳の誕生日。札幌農学校(現北海道大学)初代教頭で、お雇い外国人のひとり。ドイツのゲッティンゲン大学で博士号を取得してるんだ。「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」は有名だニャ=^_^=

そして測地学者フリードリッヒ・ロバート・ヘルメルト18歳の誕生日。地球楕円体の形状に係る楕円パラメータを決定したほか、測地座標系の座標変換などで用いられる「ヘルメルト変換」や、正標高の一種である「ヘルメルト高」でもその名が知られているんだ。寺田寅彦や、杉山正治がドイツ留学した時にヘルメルトの教えを受けているニャ=^_^=

そしてプロイセン王国内相、首相を歴任したボート・ツー・オイレンブルク30歳の誕生日。日普修好通商条約の為に来日したオイレンブルク伯爵は叔父さんにあたるんだ。その叔父さんから内務大臣職を受け継いだんだニャ=^_^=




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2011年7月5日火曜日

150年前の7月5日は・・・


政治家クララ・ツェトキン4歳の誕生日。社会主義の立場による女性解放運動を主導して、女性解放運動の母と呼ばれてるんだ。旧東ドイツの切手や紙幣に肖像が使われてるニャ=^_^=

そして化学者でお雇い外国人のゴットフリード・ワグネル30歳の誕生日。1868年に来日。長崎に到着したんだ。佐賀藩に雇われて1870年4月から8月にかけて有田町で窯業の技術指導にあたり、科学的手法による有田焼の近代化に影響を与えたんだ。そして京都府立医学校(現・京都府立医科大学)、東京大学教師、および東京職工学校(現・東京工業大学)教授を務めて、日本の工学教育に大きな功績を残したんだニャ=^_^=




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2011年6月30日木曜日

150年前の6月30日は・・・


果樹園芸、植物生育分野の技術者ルイス・ベーマー18歳の誕生日。ハンブルク近郊のリューネブルクで生まれて、1867年にアメリカに渡ったんだ。1872年にお雇い外国人として開拓使(北方開拓のために1869年7月8日から1882年2月8日まで置かれた日本の官庁)に雇用されて来日。お雇い外国人としては2番目に長い就任期間10年3ヶ月の間に、リンゴなどの果樹栽培やビール用ホップの自給化、各種植物の生育指導などで北海道の近代農業の発展に貢献したんだ。1876年9月に国内初の官営ビール工場である開拓使麦酒醸造所(後のサッポロビール)が札幌に開業できたのは、ベーマーがビールの味の決め手となるホップの栽培を実現したからニャんだって=^_^=




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2011年6月24日金曜日

150年前の6月24日は・・・


生理学者エルンスト・ヴェーバー66歳の誕生日。重量や温度などの感覚を実験的に研究して刺激強度と感覚の増分の関係を発見したんだって。これは後に弟子のフェヒナーによって定式化されて、ウェーバーの法則と名付けられたんだ。物理学者のヴィルヘルム・ヴェーバーと生理学者のエドゥアルト・ヴェーバーは弟ニャんだ=^_^=

そしてプロイセン王国・ドイツ帝国の陸軍軍医でお雇い外国人のレオポルト・ミュラー(ミュルレル)37歳の誕生日。1871年に来日して、近代日本の医学教育制度を整備したんだ。文化交流や音楽にも深い関心を示して、1873年にマックス・フォン・ブラント大使とともにドイツ東洋文化研究協会(OAG)を設立して、1874年から1875年には会長を務めているんだ。そして日本から雅楽器を持ち帰って、ベルリンで雅楽についての講演を行ったんだって。すごいニャ=^_^=

そして細菌学者フリードリヒ・レフラー9歳の誕生日。ジフテリア菌の発見者。1879年から1884年に国立衛生研究所に勤務して、ロベルト・コッホの助手として働いたんだ。1882年には日本からの留学生の緒方正規を指導したんだ。1913年にはロベルト・コッホ細菌研究所所長にニャってるニャ=^_^=




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2011年6月18日土曜日

150年前の6月18日は・・・


アメリカの動物学者エドワード・S・モース23歳の誕生日。「大森貝塚」の発見・発掘で有名だニャ。1877年(明治10年)6月19日に横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見したのがきっかけだったんだ。でも、大森貝塚の発掘には、モースの他に、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの次男のハインリッヒ・フォン・シーボルト(以下、ハインリッヒ)も関わっているみたい。モースとハインリッヒは、誰が第一発見者かを争ったんだって。最終的には、モースが大森貝塚の報告書を1879年に出版したこと、ハインリッヒが本業の外交官業務が忙しく考古学研究から遠ざかったことが決定打となって、ハインリッヒの日本における考古学研究活動は終わったんだ。ちなみに日本で「考古学」という言葉を使い始めたのはハインリッヒが出版した「考古説略」が始めニャんだって=^_^=




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2011年5月3日火曜日

150年前の5月3日は・・・


教育家ヴィクトル・ホルツ13歳の誕生日。プロイセンの文化大臣からその外国語能力を買われて、医師のテオドール・ホフマンらと1870年に日本に派遣されたんだ。お雇い外国人の一人で日独科学技術交流・文化交流の先駆者だニャ=^_^=

そして政治家ベルンハルト・フォン・ビューロー12歳の誕生日。1900年から1909年までドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の下、ドイツ帝国宰相を務めたんだニャ=^_^=




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2011年4月16日土曜日

150年前の4月16日は・・・


天文学者ロベルト・ルター39歳の誕生日。デュッセルドルフで小惑星の探査を行って、生涯で24個の小惑星を発見したんだ。ルターの名前はその功績を称えて小惑星や月のクレーターに付けられてるニャ=^_^=

そしてこの16年後の1877年の4月16日、クラーク博士が、「Boys, be ambitious (少年よ、大志を抱け)」の言葉を残して帰国したんだ。博士はドイツのゲッティンゲン大学で博士号取得したんだって。名言だニャ=^_^=




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2011年4月5日火曜日

150年前の4月5日は・・・


植物学者マティアス・ヤコブ・シュライデン57歳の誕生日。「あらゆる生物は細胞から成り立っている」とする細胞説の主唱者ニャんだって=^_^=

そして作曲家、ヴァイオリニストそして指揮者のルイ・シュポーア77歳の誕生日になるはずだったけど1859年に亡くなってるんだ。指揮棒を最初に使ったんだって。バイオリンの曲も有名だけどクラリネットの曲も有名だニャ=^_^=

そしてお雇い外国人の音楽家フランツ・エッケルト9歳の誕生日。1879年に来日。明治時代の日本で活躍したんだ。1880年に『君が代』に伴奏、和声を付けたんだ。海軍軍楽隊、音楽取調掛、宮内省式部職、陸軍戸山学校など、洋楽教育機関のほとんどすべてにかかわったんだニャ=^_^=

おまけ:みんなはイースター島を知ってるよね?1722年の今日、 オランダ海軍提督のヤコブ・ロッゲフェーンが発見したんだ。発見した日がイースター(復活祭)だったので「イースター島」って名前が付いたんだって!今年は4月22日から25日がイースターで大使館はお休みだニャ=^_^=




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2011年1月23日日曜日

150年前の1月23日は・・・


西郷隆盛33歳の誕生日。えっ、説明?いらニャいよね?!
西郷サンは肥満を治そうとして大学東校の医学教師として来日した御雇い外国人のドイツ人軍医テオドール・ホフマン(1837年-1894年)に治療を受けてたんだって=^_^=

2011年1月16日日曜日

150年前の1月16日は・・・


初代外務大臣の井上馨(かおる)25歳の誕生日。鹿鳴館を建設したり、パリやベルリンに劣らぬ首都を建設しようと官庁集中計画を進めたんだ。その時井上を支えたのがアレクサンダー・フォン・シーボルトとハインリッヒ・フォン・シーボルトであの有名なシーボルトの息子たちニャんだって=^_^=

そして『資本論』で有名なカール・マルクスの6番目の娘エレノア・マルクス6歳の誕生日。社会主義活動家、文学翻訳家としてイギリスで活躍したんだ。エレノアが生まれた時マルクスはロンドンに亡命していたんだニャ=^_^=

2011年1月13日木曜日

150年前の1月13日は・・・


草津温泉を大絶賛して世界に紹介したエルヴィン・フォン・ベルツ12歳の誕生日。1876年(明治9年)27歳の時に来日。「お雇い外国人」として東京医学校(現在の東京大学医学部)で27年にわたって医学を教え、医学界の発展に尽くしたんだ。そしてベルツが書いた手紙や日記が明治時代初期の日本の様子を知る貴重な資料となっているんだ。

親友のハインリッヒ・フォン・シーボルト(シーボルトの次男)と同じで1881年には日本人女性と結婚。ベルツの奥さんの名前が「花」でシーボルトの奥さん「ハナ」。わぁ、読み方が一緒だ!

「蒙古斑」の命名、岩倉具視に「癌」宣告、手荒れに効く「ベルツ水」(グリセリンカリ液)処方等、功績は特大!草津町では「ベルツ記念館」を開設してるし、ドイツの製薬会社ベーリンガーインゲルハイム社は1964年に「ベルツ賞」を設立して最近はドイツ大使公邸で表彰式を行なってるんだ。スゴイ人だニャ=^_^=